ちょっとした短い小説の掃き溜め。
CPごとにカテゴリをわけていないので、お目当てのCPがある方はブログ内検索を使ってください。
(※は性描写やグロい表現があるものです。読んでもご自身で責任がとれるという年齢に達している方のみ閲覧下さい。苦情等は一切受け付けませんのであしからず)
コメントはご自由にどうぞ。いただけるとやる気が出ます。
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「い、いらっしゃいませ…」
か細い声はフロアに響く。
三橋は周囲を見渡し、自分が接客につくべき客がフロア内にいないことを知ると深く溜息をついた。
不安。
不安、不安、不安、不安、不安…。
心の中は暗闇に満ちていて、希望が見出せない。
暗い気持ちが心を掻き毟って、感情がぐちゃぐちゃで…。こみ上げてくる涙を堪えることに三橋は必死だった。
(今は仕事中…なのに。)
(集中…しなく…ちゃ。俺のわがままで…仕事を変えてもら…ったんだから)
三橋はついこの間まで東京の本社でデスクワークをしていた。
今は大阪の祖父が経営する総合百貨店の店員だ。
東京にいるのが嫌で、遠くに行きたいとわがままを言った。
どうせなら海外に高飛びしたかった。
あの手紙を投函してしまった後、あれを読んだ相手の反応を考えると不安で怖くて夜も眠れなくて。
まるで指名手配中の犯人のような心境だった。
高飛びできたらどんなに良かっただろう。
だが、三橋の働く会社に海外支社はなかった。祖父は跡継ぎとして三橋を非常に気にかけてくれている。そんな祖父を裏切って“どこか遠くに”行くことはできない。
たとえ職種が変わっても、接客業が苦手でも、自分のわがままで大阪にこれたことを感謝しなければならない。
それでも。
大阪転勤は一時的なものだった。いずれは本社に戻らなければならない。
彼…との物理的距離が縮まってしまう。
(忘れたい…忘れたいのに…)
忘れようとすればするほど、その人が脳内を独占する。
もう10年も会っていないはずなのに、脳内の阿部は成長した阿部なのだった。最後に阿部と顔を会わせたのは高校の卒業式で、それ以来ずっと会っていないのに、なぜか頭の中の阿部はスーツを着ていて大人な表情をしている。実際に見たわけでもないのに、なぜかその精悍な顔立ちの男が10年後の阿部なのだと自分は知っていた。そしてその阿部には綺麗で若い女が寄り添っている。顔ははっきりわからない。暗くぼやけていた。
それでもなぜか自分はその人が美人であることを知っていた。
(阿部君……)
自分の知らない女性と結婚をする阿部。自分の知らない女性を愛している阿部。自分の知らない女性と行為をする阿部。
(阿部くん……おれっ…苦しい…よ…自分が悪いのに……俺…)
目の前のガラスケースに堪えきれなくなった涙がぽたぽたと落ちた。
ガラスケースの向こう側には輝く綺麗な指輪が多数小奇麗に並んでいる。
三橋の持ち場は結婚指輪などのジュエリーを扱う売り場で、この職場にきてからというもの三橋は何組ものカップルが指輪を買っていくのを静かに眺めていた。
時には接客をしながら商品を選ぶのを手伝った。
女性が薬指に指輪をはめながら楽しそうに選んでいる様子を見るのは胸が張り裂けそうだった。
(阿部くん…も奥さんに……指輪をプレゼント…したんだろうな…)
「ねえ」
いきなりあがった声に三橋はびっくりしてガラスケースの上に落ちた涙を慌てて手で拭いた。
「は、はい……いらっしゃいませ!」
下を向いたまま、目を擦る。
(ど、どどどうしよう…接客しなくちゃ…いけないのに…俺の顔…ぐしゃぐしゃ、だよ…は、はやく顔あげない…と)
「ねえ、俺さ好きな人に指輪をプレゼントしようと思ってるんだ。どれがいいと思う?」
「は、はい…。えっと…それは…どういったプレゼントですか…?こ、婚約指輪ですっ…か?それともお誕生日…」
「その人とずっと一緒にいたいって気持ちを伝えるための指輪。」
「こ、婚約ゆびっわ…ですね…。」
「ね、どれがいいと思う?」
「お、俺なんかより…おおお客様が選ばれたほうが…」
「いいから、お前が選んで。お前が好きなやつからプレゼントされるとしたらこの中でどれが良い?」
「えっえっと…じゃ、じゃあ…ご予算は…?」
「値段も別に気にする必要ないから。お前が一番欲しいと思うやつ選んで。」
「おっ俺が……」
三橋はうつむいたままケースの中で小奇麗に並べられた様々な指輪を目で追った。
珍しいことだとは思わなかった。
男性が一人で店に訪れることはよくある。多くはプロポーズのための指輪を買うためだ。恋人をびっくりさせたくて、内緒でやってくるのだ。しかしこういった光物に興味のない男が一人で婚約指輪を選ぶのは難しい。
三橋もよく接客中、自分の意見を求められた。
(この人も…愛する人が…そばにいるんだ…いいなぁ…)
三橋はこの店で働きはじめてからずっと気になっていた指輪を指差した。
(こんな素敵…な指輪……阿部君…から貰えたら…どんなにいいだろう…って思ってた)
「俺…だったら…これ、が…いいと…思います…」
「それじゃあそれ下さい。」
「えっ?いいんで…すか?」
男の迷いのない即決に三橋は固まった。自分の意見はあくまで参考だ。それを踏まえた上でこの男が選ぶべきだ。これではまるで、三橋が決めたようだ。
「あっあの…もっと自分で…いろいろ見て選んだ…ほうが…」
「いいから。早く包んでよ。」
「わ、わかりました…」
三橋はビクビクとその指輪を包装した。はじめは全くうまくできなかった包装も今日は綺麗に出来た。
「ど、どうぞ。あ、あのお会計のほっ?!」
綺麗に包装された箱を差し出すと、急にその男に手首をつかまれた。
「なっなに……あっ」
驚いて顔をあげると、目の前にはあの人がいた。
頭の中で描いていた通りの、彼が。
「ああああああああああ、阿部くん……どうし、て…」
真っ直ぐな阿部の視線が痛い。吸い込まれるように三橋もまた阿部から目をそらすことができなかった。
「あ…こ、婚約…指輪…買いに…きたの?お、奥さんの…?」
「三橋、それは違う。」
阿部は涙で目をいっぱいに貯めた三橋を見据えて言った。
「結婚するのは俺の弟だ。それはお前の勘違いなんだよ、三橋。」
「か、かか勘違い?」
「そう。勘違い。」
「じゃ…こ、この指輪…は?」
阿部は三橋の腕を引き寄せて、あっと言う間に口を塞いだ。
唇から相手の熱が伝わってくる。
時が止まったようだった。
「これはお前のだよ、三橋。」
ゆっくりと唇を離した阿部がそう三橋の耳元で囁いたその時、三橋は頭の中が真っ白で何がどうなったのかついていくことができなかった。
それでも。
三橋をとりまく世界が変わったことだけはわかったのだった。
か細い声はフロアに響く。
三橋は周囲を見渡し、自分が接客につくべき客がフロア内にいないことを知ると深く溜息をついた。
不安。
不安、不安、不安、不安、不安…。
心の中は暗闇に満ちていて、希望が見出せない。
暗い気持ちが心を掻き毟って、感情がぐちゃぐちゃで…。こみ上げてくる涙を堪えることに三橋は必死だった。
(今は仕事中…なのに。)
(集中…しなく…ちゃ。俺のわがままで…仕事を変えてもら…ったんだから)
三橋はついこの間まで東京の本社でデスクワークをしていた。
今は大阪の祖父が経営する総合百貨店の店員だ。
東京にいるのが嫌で、遠くに行きたいとわがままを言った。
どうせなら海外に高飛びしたかった。
あの手紙を投函してしまった後、あれを読んだ相手の反応を考えると不安で怖くて夜も眠れなくて。
まるで指名手配中の犯人のような心境だった。
高飛びできたらどんなに良かっただろう。
だが、三橋の働く会社に海外支社はなかった。祖父は跡継ぎとして三橋を非常に気にかけてくれている。そんな祖父を裏切って“どこか遠くに”行くことはできない。
たとえ職種が変わっても、接客業が苦手でも、自分のわがままで大阪にこれたことを感謝しなければならない。
それでも。
大阪転勤は一時的なものだった。いずれは本社に戻らなければならない。
彼…との物理的距離が縮まってしまう。
(忘れたい…忘れたいのに…)
忘れようとすればするほど、その人が脳内を独占する。
もう10年も会っていないはずなのに、脳内の阿部は成長した阿部なのだった。最後に阿部と顔を会わせたのは高校の卒業式で、それ以来ずっと会っていないのに、なぜか頭の中の阿部はスーツを着ていて大人な表情をしている。実際に見たわけでもないのに、なぜかその精悍な顔立ちの男が10年後の阿部なのだと自分は知っていた。そしてその阿部には綺麗で若い女が寄り添っている。顔ははっきりわからない。暗くぼやけていた。
それでもなぜか自分はその人が美人であることを知っていた。
(阿部君……)
自分の知らない女性と結婚をする阿部。自分の知らない女性を愛している阿部。自分の知らない女性と行為をする阿部。
(阿部くん……おれっ…苦しい…よ…自分が悪いのに……俺…)
目の前のガラスケースに堪えきれなくなった涙がぽたぽたと落ちた。
ガラスケースの向こう側には輝く綺麗な指輪が多数小奇麗に並んでいる。
三橋の持ち場は結婚指輪などのジュエリーを扱う売り場で、この職場にきてからというもの三橋は何組ものカップルが指輪を買っていくのを静かに眺めていた。
時には接客をしながら商品を選ぶのを手伝った。
女性が薬指に指輪をはめながら楽しそうに選んでいる様子を見るのは胸が張り裂けそうだった。
(阿部くん…も奥さんに……指輪をプレゼント…したんだろうな…)
「ねえ」
いきなりあがった声に三橋はびっくりしてガラスケースの上に落ちた涙を慌てて手で拭いた。
「は、はい……いらっしゃいませ!」
下を向いたまま、目を擦る。
(ど、どどどうしよう…接客しなくちゃ…いけないのに…俺の顔…ぐしゃぐしゃ、だよ…は、はやく顔あげない…と)
「ねえ、俺さ好きな人に指輪をプレゼントしようと思ってるんだ。どれがいいと思う?」
「は、はい…。えっと…それは…どういったプレゼントですか…?こ、婚約指輪ですっ…か?それともお誕生日…」
「その人とずっと一緒にいたいって気持ちを伝えるための指輪。」
「こ、婚約ゆびっわ…ですね…。」
「ね、どれがいいと思う?」
「お、俺なんかより…おおお客様が選ばれたほうが…」
「いいから、お前が選んで。お前が好きなやつからプレゼントされるとしたらこの中でどれが良い?」
「えっえっと…じゃ、じゃあ…ご予算は…?」
「値段も別に気にする必要ないから。お前が一番欲しいと思うやつ選んで。」
「おっ俺が……」
三橋はうつむいたままケースの中で小奇麗に並べられた様々な指輪を目で追った。
珍しいことだとは思わなかった。
男性が一人で店に訪れることはよくある。多くはプロポーズのための指輪を買うためだ。恋人をびっくりさせたくて、内緒でやってくるのだ。しかしこういった光物に興味のない男が一人で婚約指輪を選ぶのは難しい。
三橋もよく接客中、自分の意見を求められた。
(この人も…愛する人が…そばにいるんだ…いいなぁ…)
三橋はこの店で働きはじめてからずっと気になっていた指輪を指差した。
(こんな素敵…な指輪……阿部君…から貰えたら…どんなにいいだろう…って思ってた)
「俺…だったら…これ、が…いいと…思います…」
「それじゃあそれ下さい。」
「えっ?いいんで…すか?」
男の迷いのない即決に三橋は固まった。自分の意見はあくまで参考だ。それを踏まえた上でこの男が選ぶべきだ。これではまるで、三橋が決めたようだ。
「あっあの…もっと自分で…いろいろ見て選んだ…ほうが…」
「いいから。早く包んでよ。」
「わ、わかりました…」
三橋はビクビクとその指輪を包装した。はじめは全くうまくできなかった包装も今日は綺麗に出来た。
「ど、どうぞ。あ、あのお会計のほっ?!」
綺麗に包装された箱を差し出すと、急にその男に手首をつかまれた。
「なっなに……あっ」
驚いて顔をあげると、目の前にはあの人がいた。
頭の中で描いていた通りの、彼が。
「ああああああああああ、阿部くん……どうし、て…」
真っ直ぐな阿部の視線が痛い。吸い込まれるように三橋もまた阿部から目をそらすことができなかった。
「あ…こ、婚約…指輪…買いに…きたの?お、奥さんの…?」
「三橋、それは違う。」
阿部は涙で目をいっぱいに貯めた三橋を見据えて言った。
「結婚するのは俺の弟だ。それはお前の勘違いなんだよ、三橋。」
「か、かか勘違い?」
「そう。勘違い。」
「じゃ…こ、この指輪…は?」
阿部は三橋の腕を引き寄せて、あっと言う間に口を塞いだ。
唇から相手の熱が伝わってくる。
時が止まったようだった。
「これはお前のだよ、三橋。」
ゆっくりと唇を離した阿部がそう三橋の耳元で囁いたその時、三橋は頭の中が真っ白で何がどうなったのかついていくことができなかった。
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三橋をとりまく世界が変わったことだけはわかったのだった。
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