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その日、珍しく埼玉にも雪が積もった。
久しぶりに感じる雪の感触を踏みしめながら花井は一人校庭を歩く。
時が過ぎるのは早い。
卒業式も終わり、自分はもうこの学校の生徒ではなくなってしまった。
今日は大学受験の結果報告に花井はやってきたのだった。
(…受かったぞ)
自然と顔が緩む。受かった。俺は受かったのだ。
花井は合格通知書の入った鞄を強く抱き締める。あれから必死に寝る間を惜しんで勉強に励んだ。野球のできない日々はつらかったけれど、これから待ち受けている日々を思えば、そんなもの全く苦にならなかった。
(これからも…アイツと一緒にいられるんだな)
白い息が弾む。
とその時
「は~~~~~~~な~~~~~~~い~~~~~~~っ!!!!!」
懐かしい声が急接近する。
「うおわっ」
人のぬくもりと体温が背中に覆いかぶさった。田島が背中から抱きついてきたのだった。
会うのは卒業式以来の……愛しい人。
しかしなぜここに田島の姿があるのだろう?
花井は頬をほころばせつつ、疑問を感じた。今日は大学受験を受けたものだけが……その結果を学校に報告しに来る日、なのだった。
「田島、お前なんで今日学校に来てるの?」
お前は野球推薦じゃ…と言う前に花井の背中に顔を埋めていた田島が顔をあげる。
「俺、受かったんだぜ!!!!」
「は?!」
「花井の志望校ってB大だろ?!俺、受かったんだ!!!ゲンミツにっ!!」
「ちょ…!待て…待て待て待て待て。」
花井は田島に向き直る。両手で田島の肩をつかみ、まっすぐに見つめあった。
身長差はあの頃から変わらない。田島が伸びた分、花井もまた伸びた。
「落ち着け。」
自分に言い聞かせるように花井は言った。
田島はB大に受かったと言った。確かにB大は花井がA大に志望校を変える前の第一志望だった。
つまり…ええと…
「お前、A大の野球推薦の話は?」
「そんなんとっくの昔に断ったよ。俺、花井と一緒の学校が良かったんだもん。びっくりさせてやろうと思って、花井には内緒にしてたんだぜ!花井頭良いんだもん。俺勉強すんの超大変だった!!」
「……………。」
花井は頭を抱えてうずくまりたい衝動に駆られた。
ああ…なんということだ。嬉しい…田島の気持ちは実に嬉しい…嬉しいけど喜べない。
なぜなら。
「すまん…田島。実は俺……」
「花井、ひょっとしてB大落ちたのか?!」
田島が花井の顔を覗きこむ。
「いや…その俺も大学には受かった。受かったけど…あのな、俺…B大受けてないんだ。」
「へ?じゃ…どこ受けたんだよ?」
「A大。田島が…A大行くって噂で聞いて…俺…」
キョトンとした田島の顔。
やがてその意味を知った田島ははじけたように笑い出す。
そんな相手の様子を見ていたら花井もつられて、笑いがこみ上げてきた。
「くっ…ぷっ…あっははははははは!」
「ひゃはははははははは!」
花井は思う。
なんて間の抜けたことをしてしまったんだ、俺たちは。
お互いの気持ちが確かなものならば、伝えればよかったのだ。
一緒にいたいと。
同じ大学に行こうと思っていると一言伝え合えば、こんなことにはならなかった。
だけれど。
俺は田島を驚かせてやりたかった。
そしてまた田島も俺をビックリさせたかったのだろう。
気がつけば、二人で雪の絨毯の上に寝っ転がっていた。
空が青く、広かった。
そばにいる相手と手をつなぐ。
つないだ手は冬の冷気にあてられて冷たい。
冷たいけれど、暖かい手。
「離れ離れになっちまったな、結局。」
「そうだな。」
なんとなく…そんな気はしていた。
いつまでも一緒にはいられない。それはわかっていた。どこかできっと…壊れてしまうということを知っていた。それが早いか遅いか…それだけのことだった。
「でも離れ離れになっても俺、花井のこと好きだ。花井が行きたかった大学で俺野球をする。」
「俺も田島が行くはずだった…田島を認めてくれた…大学で…野球を続ける。」
「会いに行くよ。ゲンミツに、さ」
「ああ。」
むくっと田島が起き上がる。
一直線に真っ白な銀世界を駆け抜ける。
田島は全速力で小さく小さくなって行く。
花井は眺めていた。
小さくなっていく相手をずっとずっと…眺めていた。どんなに小さくなっても視線をそらすことなく眺めていた。
やがてピタリと田島が止まる。
ぐるんと振り返り大きく手を振る田島が見えた。
「花井ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!!」
馬鹿でかい田島の声が、青空に響き渡る。
田島は大きく息を吸い込んで、全世界に響き渡るような大声で叫んだのだった。
「Boys be ambitious!!!!!」
了
××××××
田島様、お誕生日おめでとうでした。
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