ちょっとした短い小説の掃き溜め。
CPごとにカテゴリをわけていないので、お目当てのCPがある方はブログ内検索を使ってください。
(※は性描写やグロい表現があるものです。読んでもご自身で責任がとれるという年齢に達している方のみ閲覧下さい。苦情等は一切受け付けませんのであしからず)
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真田が部活を終えて、幸村の病室にたどり着いた時、ベッドの上は空だった。
普段笑顔で迎えてくれる部屋の主人が消失していることは、多少なりとも真田の居心地を悪くさせた。
今日検査があるとは聞いていない。来る途中のナースステーションでも、顔なじみの看護婦は、何も言ってこなかった。幸村に何かあれば、真っ先に声をかけてくれるはずである。
(厠にでも言ったのか…)
めくれたままの布団に手を触れる。
暖房の利いた温かい室内とは裏腹に、布団の中はゾッとするほど冷たかった。
嫌な予感が真田の脳裏を支配する。
(幸村…)
背負っていたテニスバックを投げ捨てるようにして、真田は病室を飛び出した。
「幸村…」
病院中かけずりまわった真田が最後にたどり着いたのは、屋上である。
幸村は屋上のフェンスの上に腰を下ろしていた。足が宙に投げ出されている。
今は二月のはじめである。冷たい風が容赦なく、真田の体を突き抜けていく。
彼は一体いつからそうしていたのだろう。
(一体いつから…)
真田の胸がきつく締め付けられる。
「幸村…」
「ねぇ真田…」
パジャマ姿の幸村は真田に背をむけたまま、無邪気に足をぶらつかせて言った。
「このまま飛び降りてしまおうかと思うのだが、真田はどう思う?」
「ここは五階だぞ。」
「知ってるよ。言葉にするより、ここに座って下を眺めるほうがよくわかる。ここから落ちれば、まず助からないだろうね。全てが終る。」
「……終わらせたいのか?」
真田は幸村をなるべく刺激せぬように、脳内でありとあらゆる言葉を掬い上げては捨て、掬い上げては捨てた。
「ん…と…わからないな。ただ一つ言えることは…疲れたんだ、俺は。」
「闘病生活に…か?」
幸村はゆっくりと首を降って、白い息を吐いた。
「全てに、さ。体のこともある。テニスのこともある。皆の期待や、失望のまなざしや、俺達が背負わねばならなかった伝統と誇。この肩にのしかかる全てのものが、重圧だ。窒息死しそうなんだ、真田」
今にも空に溶けて消えてしまいそうな幸村の背中を、真田は見つめた。
強い人間だと思っていた。
誰よりも強い誇と信念と実力を兼ね備えた幸村は、真田にとっての光り輝く道標に思えた。彼を目指し、切磋琢磨して今の己がある。
その道がいつからか突然途絶えた。
病が幸村を蝕んでゆくのと同時に、真田と幸村の眩しい日常は色褪せた。ただ打倒幸村を目指し、一心不乱にボールを追いかけたあの頃、こんなにも弱りきった彼の精神と肉体に対峙することになろうとは、思いもしなかった。
「真田…」
幸村の声が震えている。こんなにもか細い声で、名を呼ぶ彼を真田は知らない。
「もうこの体で、テニスをすることはできないそうだ…。俺からテニスを奪い去ったら何が残るのだろう。テニスは俺自身だ。俺にはもう…生きる意味がわからないんだ。」
(そうか…)
もうあの頃には戻れないのだ。
過酷な現実を嘆くべきだろうか。
弱音を吐く幸村を、叱るべきだろうか。
真田の心の中は穏やかだった。とても静かで、温かい。 真田の中の答えは、当の昔に出ていたのだった。
「ならば俺もテニスをやめよう。」
自分でも驚くほど、すんなりと優しい声が喉から滑り落ちていく。
「生きる意味や目的がなければ、人は生きてはいけないのか?確かに今までの俺達は、テニスが全てだった。己を奮起させ、競い合い、己を高めた。そうして俺達はたくさんのものを獲た。けれども…けれども。そうした日々の中で、俺達が失ったものも少なくないと、俺は思うのだ。俺達は多くのものを得ると同時に、内側の大事な何かが少しずつ、微細に、欠けていったと思うのだ。」
「真田…」
「ゆっくりと共に生きようではないか。俺はお前が、次に懸けたいと思う何かに出会うまで、何もせず、お前の隣にいよう。ただ、くだらない世間話を延々とするのだ。それは競争も期待もなければ、失望も落胆もない世界だ。時はただ、穏やかにゆっくりと流れるのだ。俺達は、ただその悠久の時に肉体が朽ち果てるまで、身をゆだねる。そうして…そうして。」
真田は空を仰いだ。
「俺達は世界から何も得ないが、その代わりに俺達はその世界で何も失わない。誰も傷つかなければ、何かを奪われることもなく、涙を零すこともない世界だ。そんな生の在り方では…駄目か?」
「真田…」
幸村の体が倒れる。
前ではなく後ろへ。即ち空ではなく、屋上へ。死ではなく、生へ。
真田は滑り込むようにして、その背中を抱き抱えた。
驚くほど軽い体。
白く細い手首に残る点滴のあとが痛々しい。
「ふふっ」
「何がおかしいのだ?」
微かに肩を震わせて笑い出した愛しい人を、真田は強く抱き締めた。
「だってさ、君があんなに饒舌にしゃべるところをはじめてみたんだ。」
幸村の笑顔は美しい。
真田は確信を得た。
望むものは、テニスの強い彼ではなく。
そんなものは、実はたいして重要なことではなく。
自分の望むものは、彼自身なのだと。
「ねぇ真田」
ゆっくりと微笑んだ幸村が言った。
君の語る生の在り方は、なんて美しくて、優しくて、悲しい世界なんだろうね。
普段笑顔で迎えてくれる部屋の主人が消失していることは、多少なりとも真田の居心地を悪くさせた。
今日検査があるとは聞いていない。来る途中のナースステーションでも、顔なじみの看護婦は、何も言ってこなかった。幸村に何かあれば、真っ先に声をかけてくれるはずである。
(厠にでも言ったのか…)
めくれたままの布団に手を触れる。
暖房の利いた温かい室内とは裏腹に、布団の中はゾッとするほど冷たかった。
嫌な予感が真田の脳裏を支配する。
(幸村…)
背負っていたテニスバックを投げ捨てるようにして、真田は病室を飛び出した。
「幸村…」
病院中かけずりまわった真田が最後にたどり着いたのは、屋上である。
幸村は屋上のフェンスの上に腰を下ろしていた。足が宙に投げ出されている。
今は二月のはじめである。冷たい風が容赦なく、真田の体を突き抜けていく。
彼は一体いつからそうしていたのだろう。
(一体いつから…)
真田の胸がきつく締め付けられる。
「幸村…」
「ねぇ真田…」
パジャマ姿の幸村は真田に背をむけたまま、無邪気に足をぶらつかせて言った。
「このまま飛び降りてしまおうかと思うのだが、真田はどう思う?」
「ここは五階だぞ。」
「知ってるよ。言葉にするより、ここに座って下を眺めるほうがよくわかる。ここから落ちれば、まず助からないだろうね。全てが終る。」
「……終わらせたいのか?」
真田は幸村をなるべく刺激せぬように、脳内でありとあらゆる言葉を掬い上げては捨て、掬い上げては捨てた。
「ん…と…わからないな。ただ一つ言えることは…疲れたんだ、俺は。」
「闘病生活に…か?」
幸村はゆっくりと首を降って、白い息を吐いた。
「全てに、さ。体のこともある。テニスのこともある。皆の期待や、失望のまなざしや、俺達が背負わねばならなかった伝統と誇。この肩にのしかかる全てのものが、重圧だ。窒息死しそうなんだ、真田」
今にも空に溶けて消えてしまいそうな幸村の背中を、真田は見つめた。
強い人間だと思っていた。
誰よりも強い誇と信念と実力を兼ね備えた幸村は、真田にとっての光り輝く道標に思えた。彼を目指し、切磋琢磨して今の己がある。
その道がいつからか突然途絶えた。
病が幸村を蝕んでゆくのと同時に、真田と幸村の眩しい日常は色褪せた。ただ打倒幸村を目指し、一心不乱にボールを追いかけたあの頃、こんなにも弱りきった彼の精神と肉体に対峙することになろうとは、思いもしなかった。
「真田…」
幸村の声が震えている。こんなにもか細い声で、名を呼ぶ彼を真田は知らない。
「もうこの体で、テニスをすることはできないそうだ…。俺からテニスを奪い去ったら何が残るのだろう。テニスは俺自身だ。俺にはもう…生きる意味がわからないんだ。」
(そうか…)
もうあの頃には戻れないのだ。
過酷な現実を嘆くべきだろうか。
弱音を吐く幸村を、叱るべきだろうか。
真田の心の中は穏やかだった。とても静かで、温かい。 真田の中の答えは、当の昔に出ていたのだった。
「ならば俺もテニスをやめよう。」
自分でも驚くほど、すんなりと優しい声が喉から滑り落ちていく。
「生きる意味や目的がなければ、人は生きてはいけないのか?確かに今までの俺達は、テニスが全てだった。己を奮起させ、競い合い、己を高めた。そうして俺達はたくさんのものを獲た。けれども…けれども。そうした日々の中で、俺達が失ったものも少なくないと、俺は思うのだ。俺達は多くのものを得ると同時に、内側の大事な何かが少しずつ、微細に、欠けていったと思うのだ。」
「真田…」
「ゆっくりと共に生きようではないか。俺はお前が、次に懸けたいと思う何かに出会うまで、何もせず、お前の隣にいよう。ただ、くだらない世間話を延々とするのだ。それは競争も期待もなければ、失望も落胆もない世界だ。時はただ、穏やかにゆっくりと流れるのだ。俺達は、ただその悠久の時に肉体が朽ち果てるまで、身をゆだねる。そうして…そうして。」
真田は空を仰いだ。
「俺達は世界から何も得ないが、その代わりに俺達はその世界で何も失わない。誰も傷つかなければ、何かを奪われることもなく、涙を零すこともない世界だ。そんな生の在り方では…駄目か?」
「真田…」
幸村の体が倒れる。
前ではなく後ろへ。即ち空ではなく、屋上へ。死ではなく、生へ。
真田は滑り込むようにして、その背中を抱き抱えた。
驚くほど軽い体。
白く細い手首に残る点滴のあとが痛々しい。
「ふふっ」
「何がおかしいのだ?」
微かに肩を震わせて笑い出した愛しい人を、真田は強く抱き締めた。
「だってさ、君があんなに饒舌にしゃべるところをはじめてみたんだ。」
幸村の笑顔は美しい。
真田は確信を得た。
望むものは、テニスの強い彼ではなく。
そんなものは、実はたいして重要なことではなく。
自分の望むものは、彼自身なのだと。
「ねぇ真田」
ゆっくりと微笑んだ幸村が言った。
君の語る生の在り方は、なんて美しくて、優しくて、悲しい世界なんだろうね。
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