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ちょっとした短い小説の掃き溜め。 CPごとにカテゴリをわけていないので、お目当てのCPがある方はブログ内検索を使ってください。 (※は性描写やグロい表現があるものです。読んでもご自身で責任がとれるという年齢に達している方のみ閲覧下さい。苦情等は一切受け付けませんのであしからず) コメントはご自由にどうぞ。いただけるとやる気が出ます。
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人の気持ちが、確実で、永遠ではないことなど、自明の理であるはずなのに、俺はなぜかそのことをよくわかっていなかった。

人の気持ちほど、不安定で、虚ろぎやすいものはない。

俺はそのことをわかっているつもりでいた。

しかし、わかっていなかった。
何もわかっていなかったのだ。












「今日の君はらしくなかったね。」
イギリスで行われたプロトーナメントの予選。
その第三回戦で、手塚国光敗退した。
手塚は、優勝候補の筆頭だった。
ロッカーの荷物をまとめてホテルに戻ろうとしていたところを、もう一人の優勝候補が手塚を呼び止める。
「決勝で君と当たることを楽しみにしていたんだけれど。残念だな。」
そう言って幸村精市は、優しい笑みを手塚に向けた。
「すまん…。」
「ああ、別に君を責めているわけじゃないんだよ。でもね、決勝戦は君が来ると思っていたものだからね、ちょっと拍子抜けしたというか…。今日の君は、実に君らしくなかった。あれは、君のテニスじゃなかった。何かよほどのことが、あったんじゃないのかい?なにか力になれないかと思って。」

ズキリと手塚の胸が痛む。
眉を顰めた手塚の表情を一瞥して、幸村は優しく手塚の肩を叩いた。

「ああ、やっぱり。なにかあったんだね。俺でよければ相談にのるよ?」
「…………不二が」

誰にも語るまいと思っていた心の積が、優しい幸村の声で崩れ落ちて行った。
手塚は、苦悩を浮かべた顔面を両手で押さえ込む。
テニスバックが、ガタンと音を立てて、床に転げ落ちた。

「不二が、もう俺など必要ないと…」

日本を発つ前の、恋人の顔が脳裏に浮かぶ。
ハッキリと告げられた別れの言葉。



もう待ちくたびれたんだ手塚…。
世界中を飛び回る君を待つのは…。
僕の中の君を思う気持ちは、死んでしまったんだよ。
急速にしぼんで、無くなってしまった。
残念だけど、僕はもう君のことが、必要だとは思えない。





「不二君?ああ、君の中学時代からの恋人か。あの綺麗な顔立ちの人だね。」
幸村はあやすように手塚をロッカー室内のベンチへ連れて行き、座らせた。
ロッカー室には、幸村と手塚以外の選手はいなかった。
幸村は自分のスポーツバックから、よく冷えたペットボトルのスポーツドリンクを取り出すと、キャップを開け、手塚に手渡してやる。
「ふふっ…振られたんだ?」
「ああ…。」
「でも君はまだ、彼のことが好きなんだね?」
「わからない…だがおそらくは…。現に俺は自分を見失っているようだ。」
「そうだね。今日の君は、実にいつもの君らしくない。」
「すまない…。」
「謝る必要がどこにあるの?今日の君は、実に素敵だと思うよ。実に人間らしくてね。普段の君は、どこかに電源があるんじゃないかと、本気で疑いたくなるぐらい、機械のようだから。そうやって人間らしい一面を表に出すことも、人として大切なことなんじゃないかな。抱えていると、自分でも気がつかないうちに、そっと壊れてしまうからね。」

「俺は……」

一つ大きな溜息をついて、手塚は吐き出すように言った。

「俺はなにか大きな勘違いをしていたのかもしれない。不二は俺に日本を離れる時は、何度も自分を連れていってくれって頼んでいたんだ。俺はずっとそれを許さなかった。不二には不二の生活があると思っていたし、俺の後をついてまわったところで、結局つまらないだろうと思ったんだ。俺は好きなだけテニスができるけれど、不二はそうじゃない。何日も何日もホテルで俺の帰りを待つだけなんて、そんな生活つまらないだろうと思ったんだ。俺は自分が不二の願いを拒み続けても、不二が自分から離れていくなんて、考えもしなかった。不二の心は、ずっと俺の手の中にあると信じて疑いもしなかった。不二はずっと俺を待っていてくれると思っていたんだ…。」

「遠征中、君はちゃんと不二君と連絡とっていたの?例えばエアメールとか電話とか」

「いや…。…一切しなかった。」

「それはどうして?」

「メールは苦手だったんだ。何度も送ろうと試みたんだが…、いざ打とうとすると手が止まってしまって…。電話も時差を考えると、迷惑なのではと…。」

「それでも不二君は永遠に君を待っていてくれると思っていたんだ?」

「……ああ。」

「う~ん…それは…ちょっと傲慢だったのかもね。」

「辛辣だな。慰めてくれるんじゃないのか?」

クスッと笑った幸村は、手塚の頭を撫でる。

「よ~しよし。これでいいかい?ふふっそう怖い顔するなよ。俺は、相談にのるとは言ったけれど、君を慰めてあげるなんて一言もいってないよ?君がどうしても慰めて欲しいというのなら、考えてあげないこともないけれど?」

「………遠慮しておく。後が怖いからな…。」
幸村の手を軽く振り払いながら、手塚はまた一つ深い溜息をついた。

「幸村…。」

「ん?」

「不二が好きだ。」

苦しそうに胸を掴んだ手塚が言う。

「不二が好きなんだ。俺には不二が必要だと思う。失いたくない。俺はどうしたらいい?」

「そうだな…。」

幸村は腕を組んで、考え込んだ。

「今君が言ったことを、俺じゃなくて、不二君に伝えるべきなんじゃないのかな?」

「伝えたんだ。でももう遅いと…。」

「だから、ね?本当に伝わるまで、伝えるんだよ。君が引いたら本当に何もかも終わってしまうんだよ?君が本当に不二君を失いたくないと思うのなら、不二君がもう一度振り向くまで、君の気持ちを伝え続けるべきなんだ。そうだろ?君はずっと何年も何年も不二君を放りっぱなしにしてきたんだ。不二君は、寂しかったんだよ。君の後を付いてまわって、君をホテルで永遠に待ち続ける生活が楽しいか、つまらないか、その判断をするのは手塚、君じゃない。不二君だったんだ。だから」

幸村は優しく手塚の掌を両手で包んで、囁くように言った。

「もう一度口説けばいいじゃないか。振り向いてもらえるまで。何度でも。何回も。何年も。君が不二君を待たせた分、今度は君が不二君の気持ちを待つんだよ。それはきっとつらいことだと思う。終わりの見えないトンネルの中をひたすら走り続けるようなものだから。君にその覚悟がある?」



その時、手塚の携帯が鳴った。

愛しい人の着信音。

手塚は震える手で、通話ボタンを押し、そっと耳に携帯を押し当てた。


「手塚……。」
「どうした、不二?」

自分でも驚くような優しい声が、喉から飛び出して、手塚は目を細めた。

「さっきの試合見たよ…。日本でも生中継されてたから…。
僕のせい、なのかな?
とても普段の君らしくなくて、僕、見ていられなかった。
胸が締め付けられて、苦しいよ。
僕は君のテニスが、なによりも好きだったんだ。」


今ならまだ間に合うだろうか。
償うことができるだろうか。


手塚は優しく息を吸いこんで、遥か遠い母国に住む恋人を想った。

「不二、俺の元へ来い。
俺の側にいろ。
もう二度と、お前を離しはしないから。」






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