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注:関東決勝後、不二が立海に転校する話です。
あと3話ほど続きます。
2.似ている二人
「はじめまして。不二周助です。」
不二周助は、黒板の前に立って教師の紹介を受けると、そう言って頭を下げた。
クラスメイトの好奇の視線を、不二は柔らかい笑みで受け止める。
3-Cに在籍する幸村精市とは、テニス部を通して顔見知りということもあり、教師は融通を聞かせて、幸村の隣に席を用意してくれた。
よく日のあたる窓側の一番後ろの席である。
「ふふっ教室でもよろしくね、不二君。」
「今朝はありがとう、幸村君。君が向かえに来てくれて、とても助かったよ。君がいなかったら、迷子になっていたかもしれない。」
「あはっ、君は面白いことを言うね。」
青学と立海では、教科書が違うので、隣の席の幸村がしばらくの間机を寄せて教科書を見せ合うこととなった。
「…………僕の顔に、何かついてるかな?」
不二が再び口を開いたのは、理科、国語、数学、と続いて4限目の歴史の授業中である。
授業中、ずっと幸村の視線が絡み付いて、離れない。
「なにもついてないよ。綺麗な顔だなあと思って、さ。眺めていて全然飽きないんだ。」
悪びれるそびれもなく、幸村は言った。
「それはどうもありがとう。でも少しは黒板見たほうが良いんじゃないのかな?」
「いいんだよ、授業なんて。それより俺は、もう少し君の顔を眺めていたいんだ。」
(僕は、落ち着かないんだけどなぁ…)
不二は心の中で溜息をつき、小声で続ける。
「……転校生が、珍しいのかな?」
「ふふっ。それもあるね。」
「う~ん…。じゃあ僕が珍しいのかな?青学の不二周助が。」
「もちろん。天才と名高い不二周助が、普段はどんな顔をして授業を受けているのか、俺は非常に興味があるよ。どんな字を書いて、どんな表情で教科書を眺めるのかな、とかね。俺は、テニスコートにたつ君しか知らないからね。」
「………君のほうが、強いじゃないか。僕よりも。」
「そんなのは、試合をしてみないとわからないじゃないか。俺と試合をしたことは、まだないだろう?」
「それはそうだけど。幸村君に勝てる人っているのかなぁ…って思って。」
クスクスと幸村は笑った。
「君はとても正直な人だね。正直すぎて、あまり勝利への執着心が持てないようだ。君の冷静さが、勝利への貪欲さを抑えてしまっているんじゃないかな。」
「……………。」
不二は眉を顰める。
テニステニステニス…。
(ああ、僕の周りは、テニスで満ちている…)
テニスという鎖が、不二の体を締め付ける。
「悪いけど」
不二は一呼吸置いて、静かに言った。
「悪いけど、僕はテニス部に入部するつもりはないんだ。君は、僕をテニス部に入れたいから、今朝からずっと親切にしてくれるんだろうけど、僕はもうテニスをするつもりはないんだよ。辞めるんだ。」
「へ~え?」
幸村は、不二がそう答えることなど、事前から前もってわかっていたと言わんばかりに、顔色一つ変えずに微笑んだ。
(彼は僕に似ている。)
微笑む幸村を、微笑み返して、不二は思った。
笑顔の仮面を被って、本心は誰にも見せやしない。
それは、不二と同じ生き方だった。
(我ながら、敵に回すと厄介な性格だな。)
幸村の本心は見えない。しかし幸村は不二の本心を見抜いているようでもある。
(彼の方が、一枚上手かもしれない。)
「俺は是非、不二君にはテニス部に入ってもらいたいと思っているんだ。レギュラーにも良い刺激になるだろう。もちろん僕にとっても、ね。君はどうしてテニス部への入部を拒むの?転校したとはいえ、まだ青学に未練があるのかな?全国で青学にあたったら気まずい?」
「まさか。青学テニス部に未練なんてないよ。この転校は僕が望んだことだもの。」
「そうだね。君は青学テニス部から消えようと思ったんだよね。」
「……………幸村君、君はさっきから何が言いたいの?」
「ふふっ。まあそう怖い顔するなよ。」
(調子が狂うなぁ…)
絶えない笑顔で、相手のペースを掻き乱すのは、自分の十八番であるはずなのに、幸村を前にすると、不二はうまく自分が作れなかった。
なにより不二は、自分の内側を一切見せていないはずなのに、幸村は的確に不二の急所をついてくる。まるで不二の抱える内側の全てを知り尽くしているように。
(難しい…やっかいな人に、捕まってしまったな)
「ねえ、不二君。君は本当にテニスをやめるつもりなの?テニスをやめてどうするの?」
「別にどうもしないよ。テニスだけが人生じゃないし。僕は写真部に入るつもりだよ。」
「へえ?いいんじゃない。それでも」
ほっと不二は胸を撫で下ろす。
「わかってくれたなら、よかったよ。」
「うん。本当は部の掛け持ちは認めていないんだけどね。俺が認めよう。君の実力と、俺の口ぞえがあれば、誰も文句は言わないだろう。週5日をテニス部の練習に当てて、週2日を写真部の活動に」
「ちょっと待ってよ。」
不二の言葉に、あわせるように教師の咳払いが続く。
つかめない相手の出方に、ついつい声が大きくなってしまった。
肩をすぼめて、小声を意識して、不二は続ける。
「ちょっと待ってくれる?僕はテニス部には入らないって言ってるじゃないか。」
「ねぇ」
幸村の真っ直ぐで強い視線が不二を射抜く。
「さっき俺に勝てる人間なんているのかなって聞いたよね?」
凄みのある相手に不二は息を呑んだ。
「今試合をやって、俺に勝てるかもしれない人間は、一人しかいないだろうと俺は思ってる。それはね、」
幸村は、不二の内側に居て、忘れようとし忘れられない人物を、二度と触れたくなかった名前を的確に射抜いた。
「手塚国光」
ああ、手塚。
愛しい手塚。
僕は君が愛しくて、憎らしくて、おかしくなってしまいそうだよ。
僕は、青学を辞めました。
君が愛して病まない青学テニス部を、自らの意志で捨てました。
僕は耐えられなかった。
君が青学に通うことも、君のいない部活に足蹴もなく通うのも。
そして僕は今新しい地にいます。
僕はこの学校で、全てを忘れて人生をやり直そうと考えているんだ。
テニスは僕に沢山の物事を与えてくれたけれど、同時に僕から沢山の物事を奪っていきました。とてもとても大切な物を奪っていきました。
それは君自身です。
僕はテニスよりも、君が大切でした。
君と移ろう季節を共に生きることができれば、僕は満足だったんだ。
でも君は、僕よりテニスを選んだんだ。
僕は失望したんです。
君やテニスや、己自身に。
だから僕はここで、全てを忘れ、新しい自分になろうと誓ったんだよ。
君のいない夏を僕は今歩き出そうとしている。
でもね、手塚?
人生はそう甘くないようだ。
続
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