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ちょっとした短い小説の掃き溜め。 CPごとにカテゴリをわけていないので、お目当てのCPがある方はブログ内検索を使ってください。 (※は性描写やグロい表現があるものです。読んでもご自身で責任がとれるという年齢に達している方のみ閲覧下さい。苦情等は一切受け付けませんのであしからず) コメントはご自由にどうぞ。いただけるとやる気が出ます。
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「ね、三橋。今週の日曜日なんだけど」
そう切り出した俺に、三橋はめずらく首を降った。
「ご、ごめっ……」

あからさまな否定に少し頭に来る。三橋と付き合いはじめて3か月。本当は早く手を出してしまいたかったけど、怖がらせちゃいけないと思ってずっと耐えて来た。でも3か月たったしそろそろ一線って奴を越えてもいいかなぁなんて思ったりして……つまり。

週末俺は練習が休みなのを良いことに三橋をホテルに連れ込んで、これでもかと抱いてしまおうかと計画していたのだった。三橋だって俺を好きだって言ったんだ。嫌とは言わないだろ。


「なんで?なんか用事でもあるの?」
「う、うん…。あっあの…修ちゃんが…」
「修ちゃんだぁ…?」

修ちゃん。つまりあいつだろ?三星の…三橋の憧れの投手。

「修ちゃんと…会う約束があるっから…ごめっんね…」
「断ってよ」
「…………え?」
「練習休みの日なんてほとんどないんだぞ?三橋の恋人は誰?俺だろ?だったら俺を優先すべきじゃないの?」

少し意地悪な口調でそう言ったのはわざと。三橋と叶を二人きりで会わせたくなかった。三橋は今俺のものだけど、過去の二人がどんな仲だったのか…想像するに俺の妄想力は巧まし過ぎる。


「でっでも…修ちゃん…との約束の…ほうが…ずっと前から…で」
「口約束はしてなかったけど、俺は明日ずっと三橋と過ごすつもりでいたよ。三橋も同じだとばっかり思ってた。三橋は違ったんだ?」
「阿部く…ん。意地悪言わないっで…」
「意地悪ってなんだよ?三橋の恋人は俺だろ?叶じゃない。どっちを大切にするかなんて明白だろ!」

もう一押しすれば、うんって頷くかななんて考えていた俺が甘かった。

三橋はもっと頑固だった。


「修ちゃんと会うって、言ってる、でしょ!?!?」

三橋が顔を真っ赤にして俺を怒鳴った。西浦のメンツが全員俺達を振り返る。仰天するのも当然だ。正直俺もビビった。三橋が俺に怒鳴るなんて考えたこともなかったんだ。
「だっだから駄目ッ!!!」
「ああそうかよ!そんなに叶が好きなら叶とどこへでも好きなとこに行けよ!ついでにヨリも戻しちまえ!」

三橋に怒鳴られたことがショックで気がついたら俺はとんでもないことを怒鳴りかえしていた。ああ、三橋…本気にとらないでくれよ…なんて思ってももう遅い。三橋はそんなに器用じゃない。そんなこと俺が一番よく知っているはずじゃないか。


「そっそう…するッ!俺叶くんっと…浮気するっから!じゃあねっ!」
最悪のキメ台詞を叩き付けて三橋は今にも泣き出しそうな顔で部室を飛び出して行った。

あ~…やっちまったな…俺。三橋には強気で押して行きさえすれば良いんだって俺思ってた。三橋は根が弱気だから俺に逆らえるはずないって俺天狗になってたみたいだ。三橋だって怒鳴って怒ったり…すんのな…


「あ~喧嘩だ喧嘩ぁ。阿部が三橋を怒らせたぁ」

俺のイライラを加速させるクソレの声がした。

「びっくりしたぁ。三橋も人の子だったんだなぁ。あんなに顔真っ赤にして怒るとこはじめてみたよ。阿部なにしたの?」

これは下痢野郎の声。うるさい黙れ。俺は当然の権利を主張しただけだ。

「三橋、今頃泣いてんじゃね?大丈夫かなあ」
これは田島の声。お前ら黙れ。本当に泣きたいのは俺だぞ…。こんなことで三橋を叶にとられたら…。

「後悔することになる前にさっさと謝っちまったほうが得だぞ。意外と三橋って頑固なとこあっからな」
とこれは泉の声。

お前ら…ほんっと…俺の味方をする奴はいないのか…

「するわけないじゃん!阿部はヒドいや……ぎゃっ痛いッ!」
クソレフトが言い終わる前に俺は思い切り脛を蹴ってやった。

「ひ~ん栄口~…阿部が蹴ったぁ~…」
「あ~…はいはい。ヨシヨシ」

くそっ。なんでだ三橋…。俺より叶のほうが良いって言うのかよっ!ダンッと机を叩く。そんな俺の姿を見てはぁと溜息をつきながら
「阿部は三橋を束縛しすぎなんだよ。三橋はお前の所有物じゃないんだからな。」
と花井。俺は何も言ってないのに心を読んだようにそう言った。

ひょっとして喧嘩の原因バレバレか?


「ま、想像はつくよ。阿部ってさぁ三橋の人間関係とか考えたことあるか?」
「三橋の…人間関係…」
「阿部さぁ…お前この間三橋の携帯から勝手に三星の奴等のアドレスと電話番号全部消去したんだって?」
「…それが何?」
「それが何って…お前…三橋が可哀相だと思わないのか?」
「それじゃ花井は三橋が三星の奴等にとられても良いって言うのかよ?」
「……あのな、お前な。」

花井が脱力した。

俺なにか間違ったこと言ってるか?

「阿部さぁ、三橋が叶と電話してる時、三橋から携帯取り上げて無理矢理切ったってマジ??」身を乗り出して聞いてきたのは田島だ。

「悪いかよ?」


うんうんと頷いて聞いていた西浦のメンツ達は口を揃えてこう言った。



「三橋の気持ちがわかるなぁ。」


なんでだよ?!

ついでに栄口が満面の笑みを浮かべてこう俺に囁いた。
「阿部には良い薬だね。一度くらい三橋に浮気されてみるのも良いんじゃない?」


三橋の浮気…ははっまさか…ね…。三橋、さっきのは言葉のあやだよな?ついうっかり言っちまっただけだよな?

三橋が好きなのは俺だよな?


俺の不安はつのるばかりだった。






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愛なんてなくても生きていける。むしろない方がいい。ない方が綺麗に生きれる。

それが俺が今まで生きてきた中で学んだ人生観だ。


俺の初恋は中学一年の時だった。自分で言うのもなんだがヒドい恋だったと思う。

野球部の顧問だったアイツは、俺なんかよりずっと大人でズル賢こくて小利口だった。俺はアイツに認められるのが嬉しくて褒められたくて、無理をして肩を壊した。

本当は心のどこかでわかってたんだ。俺が望むような意味で監督が俺を好きでいないことぐらい。それでも身を焦がしてでも俺が俺の気持ちを貫けば、いつか監督はわかってくれるんだって…俺だけを愛してくれるんだって…大切にして貰えるんだって…そう信じていた。


そう考えていた俺が馬鹿だった。結局肩を壊して使えものにならなくなった俺はあっけなく捨てられたのだった。そうまるで……使い捨てのインスタントカメラのように。


だがこれも良い経験だったと大人になった俺は考えているんだ。

愛したほうが馬鹿をみるんだって学んだからな。

俺は二度と人を愛さないと決めた。自分のためだけに生きていく!そうアイツのように!





「ね、榛名。俺榛名のことが好きなんだけど」

そう秋丸が言い出したのは夏も終わろうとしていた…あの日。あの日のことはよく覚えている。末期の蝉の鳴き声が耳鳴りでならなかった。

「榛名…?」
「好きとかいうな。気持ち悪ぃな!」

愛だの恋だの皆騒ぎ過ぎなのだ。
所詮は幻想、妄想、一時の気の迷い、なんだよ。

いつか失う不確かなもののために必死にならなきゃならない理由が、俺にはもうわからない。


「ごめん」

秋丸は小さく一言だけそう言った。



ごめん。愛してる。


榛名がなんて言おうと、なんて思おうと俺は榛名を愛していて、もうその気持ちに嘘はつけない。



ごめんな、榛名。



愛して、ごめん。





秋丸はそう言って俺を抱いた。俺は秋丸の言うことがよくわからなかった。

そしてまた俺は大人の原理をまた一つ学んだ。

愛がなくてもセックスは可能なのだ、と。


愛なんていらない。愛なんていらないのだ。



なのになんでだろう。


あの日から俺は人知れず涙を流す。胸が痛くて辛い。この気持ちがなんなのか俺は知っていた。遠い昔の俺はあの日の秋丸だったから。


愛してしまって、ごめんなさい。



俺は泣きながら監督にそう言った。



コントロールできないもどかしい気持ち。



俺はなぜだかもう一度監督に会いたいと思った。本当は俺は監督を恨んだりなんかしてないのかもしれない。監督を愛したことを後悔なんかしてないのかもしれない。



本当の俺は秋丸を愛しているのかもしれない。




もう一度監督に会えば、全ての答が手に入る気がした。



秋丸、こんな俺でごめんな。






「ん……」
対戦校のデータをまとめていたらいつの間にやら寝てしまったようで、気がついた時には机に突っ伏していた。

目の前をフヨフヨと透明な膜の球が何個か横切って静かに割れた。あれだ…随分懐かしいものを見たな…しゃぼん玉…っつーの?



「あっ阿部君、起きた、の?」
のっそりと起き上がるとしゃぼん玉用のストローと原液の入った小さな小瓶を持った三橋が隣にちょこんと座っていた。

「……お前、なにしてんの?」
「あっあのね!阿部君寝ちゃった…から皆起こそうって言った…んだけど、気持ち良さそうだった…から俺が待ってる…から皆に先に帰っていいよって…言ったんだ、よ!」
「へぇ。そりゃドーモ。で、それは何?」

確かに室内には俺達以外人の気配がしなかった。俺は三橋の手の中のものを指差す。

「しゃ、しゃぼんだまっ…だよっ!」

「いや…それは見りゃわかるけど。それどうしたの?」

「たっ田島く…んがくれたっ!待ってる…間暇だろうからって…」

「ふーん…」

窓の外は真っ暗だった。今何時かわからないけれど、三橋が俺のために時間を持て余しながらも俺のために待っていてくれたのが嬉しかった。

「それ、貸して。」
「ど、どーぞっ!」

三橋からストローと小瓶を受け取る。懐かしい匂いがした。そういや小さい頃よくこんなんで遊んだっけ。シュンとよく取り合いの喧嘩になったよなぁ。



「!」



ストローを口につけようとしてハタと我に返った俺は硬直した。


(こっこのまま口つけたら間接キ…ス)



やべっどうすっか…あ~…三橋が見てる。

「ど、どうしたの?た、楽しいよ!」


固まった俺を催促する三橋。お前はいいよな。下心とか考えたことないだろ?
ま、とりあえずせっかくだからご相伴に預かったって罰はあたんねーよな。ハァハァハァハァァハァハァァ…


「ごふっげふっごふっ」

「あっ阿部くん?!」

いきなり咳込んだ俺に三橋が慌てて俺の背中を擦る。
やべっオロオロした顔も可愛いな…オイ…


「どっどうしたの?!」
「ゲフッ…いやつい思いっきり吸っちまって…息吐くんだったよな…」
「のっ飲んだの?!だっ駄目だよっ!!体に毒だっ…!」「大丈夫。次はちゃんと…」「だっ駄目だっ!」

三橋は俺からしゃぼん玉を取り上げてしまった。

「三橋~…お願いだからもう一回だけ」

「駄目。次間違えたら…大変だ…から」

珍しい強気を見せて三橋はさっきまで俺がくわえていたストローでしゃぼん玉を作りはじめた。
こうなると三橋は意外と強情なのを俺は知っている。俺のことを心配してくれているのかと思うと嬉しい限りだが、誠に惜しいことをした気がする。




チラッと三橋を盗み見る。三橋は無邪気にしゃぼん玉を楽しんでいた。




しゃぼんだま 飛んだ


屋根まで飛んだ


屋根まで飛んで


壊れて 消えた



三橋は随分と悲しい歌を楽しそうに口ずさむ。
俺は思う。三橋こそしゃぼんだまだった。はじめて会った頃なんかボロボロですぐに壊れて消えてしまいそうだった。



俺は誓う。三橋を守ってやる。壊れて消えるなんて許さない。俺がこいつをもっと強くして、屋根なんかよりずっと高いところまで連れてってやる。



か~ぜか~ぜ吹くな


しゃぼんだま 飛ばそ




歌が終わると自然と室内は静寂に包まれる。


「ね、阿部くん」


ストローをくわえて新しいしゃぼんだまをふんわりと作りながら三橋は言った。


「間接キスだ、ね。ウヒッ」




おっと。
三橋に下心がないなんて誰が決めたんだ?

三橋もいっちょ前のオトコノコだったのだ。
「ん………。」
浜田の匂いのする布団で目を覚ます。気怠い腕を伸ばして目覚まし時計を取り寄せる。時刻は11時。

そうか…だいぶ寝た気がするけど…まだ昼前か…。


そう思って窓に目を向けると真っ暗闇が広がっていた。

「……夜じゃん」

思わずボソッと呟く。浜田の腕の中で眠りについた正確な時刻をおぼえていない…が外は明るく染まって雀が忙しく鳴いていた気がする。つまり夏休みの貴重な一日を俺は寝て過ごしてしまったことになる。


「おはよ~泉。ご飯できてるよ?」
むくりと布団から起き上がると気の抜けた浜田の声が聞こえてきてより一層俺は脱力した。
「おはよ~じゃねぇ…。浜田お前…今何時だと…」
「起こそうかと思ったんだけど…泉の寝顔があんまり可愛いもんだから起こせなくて、さ。昨日はいっぱいしたから疲れてるだろうし…」
「昨日はじゃなくて昨日もだろ!好き勝手やりやがって…」
素っ裸だったのでその辺に脱ぎ散らかしてある浜田のTシャツを引っ被る。
「でへっ」
目のやり場に困りながら浜田は恥ずかしそうに頭をかいた。
「キモッ」

腹が減っていたので、浜田の用意した飯をさっそく口の中に掻き込むことにする。


四日ほど前から俺は浜田のうちに泊りに来ている。浜田のうちと言ってもこいつは今一人暮らしだから気楽なものだ。夏休みに浜田の家に泊まり込むのは、幼い頃からの定番の行事で、一緒に花火大会に行ったりプールに行ったりそれはそれは楽しかった。


昔は、な。


一昨年ぐらいからだろうか。浜田と体の繋りを持つようになったのは。
夜が来ると浜田は朝まで俺を抱くようになった。俺は疲れ果てて鳥の囀りを耳にしながら眠りにつく。気がつく頃には夜が来ている。そんな昼夜逆転生活のせいで、どこにも行けなくなってしまった。

プールも海もネズミの王国も夏祭りも!

今年はまだどこにも行ってない。せっかくの夏休みだと言うのに!

「なにむくれてんの?」

ズズッと味噌汁を啜りながら浜田が言った。

「てめぇのせいで夏休みだってのにどこにも行けね~からだよ。今日は海に行く予定だったはずなのに…」
「泉が起きないのが悪いんだろ~。俺は行く気満面だったけど?」


嘘をつけ


浜田特製しょうが焼きを噛み砕きながら心の中で俺は毒づいた。


浜田はわざとやってるんだ。朝まで俺を犯して俺をヘトヘトにして…そしてわざと予定を狂わせる。
そうして俺をからかうのが楽しいんだろ。俺は知ってるんだよ、浜田の魂胆を。
それなのに術中にはまっちまってる自分が腹正しい限りだ。



「明日こそ絶対海に行く。だから今夜は絶対お前とは寝ない。ごちそうさま」

綺麗になった茶碗をテーブルに置く。寝汗をかいたからシャワーでも浴びようと思い立ち上がろうとした時にはもう俺は天井を見ていた。


「浜田ッ…!てめっ…!」

のしかかる浜田の体が重い。
「食後の運動しないと太るよ…泉。」

「ばかっ…!離せっ!今日は駄目だっ…て…あっんっ…やっやめっ…!あぁっ」



浜田の腕の中で、どうやら明日も海には行けそうにないなと…とろけそうな意識の中微かに俺は思ったのだった。




今日はずっと前から約束していた水谷とのデートの日だった。俺達は部活や学校で毎日忙しい日々を送っていたから二人きりで出かけるなんて本当に久しぶりだ。
だから今日一日俺は水谷の前ではずっと笑っていたいと思った。笑っていなければいけないと思っていた。たとえどんなに胸が張り裂けそうでも…。







「はよっ」
待ち合わせ時刻の15分前。そこにはもう水谷の姿があった。
「おー。なにこれ?どうしたの?」
水谷は柄にもなく綺麗な花束を抱えていた。
「ちょっと、ね。栄口にプレゼントしたいのは山々なんだけど、今日ばっかりは駄目なんだ。ごめんなっ」
「………??誰にあげるの?」
「それはまだ秘密。」

締まりのない笑顔で水谷は言った。

「今日の行き先変更してもいいかな?急に行きたいところができちゃって」

本当は今日は映画館で今話題の洋画を見る予定だった。それはだいぶ前から水谷が見たいと言っていた映画だったのに…。

「別に構わないけど…どこに行くの?」
「行けばわかるよ。行こう」
苦笑した俺の手をひいて水谷はバスに乗り込んだ。
バスの中はひどく混雑していたから俺達が手をつないだままでいても気が付く人はいなかった。
水谷の手は見掛けによらず大きくて温かくて心地良かった。
小さい時よく母に連れられて手をつないでバスに乗った。母は免許を持っていなかったからどこか遠出する時はもっぱらバスや電車だった。
母はどこへ行くにも俺の小さな手を握り締めて離さなかった。どこへ行くにもずっと一緒に連れて行ってくれた…。



「栄口、ついたよ」
耳元に囁く優しい声で俺は目を覚ました。
「ん……あっごめん…俺寝ちゃって…」
バスが市街地から離れていくにしたがって乗客も疎らになっていった。一番後ろの席があいて二人で腰を降ろして…その後の記憶がなかった。 「バスの揺れって心地良いよな。俺もよく寝ちゃうよ。今日は栄口が気持ち良さそうに眠ってたから俺頑張って起きてたんだ。」

久しぶりに母の夢を見た。遠くに行ってしまった母。その母と手をつないで幼い自分がバスに乗っている夢だった。

勇ちゃん、窓の外を眺める時はお靴を脱ごうね。椅子が汚れちゃうから

懐かしい母の声。しかしあの声が本当に母の声であったのか自信はなかった。自分は母の声を聞かなくなって久しい。

「ひょっとして…ここ終点?」
「そうだよ。」

繋がれたままの手を引かれ立ち上がる。水谷は俺が眠っている間も手を握ったまま離さなかったようだ。気がつけば俺達以外の乗客は全ていなくなっていた。都心からはだいぶ離れた場所のようで緑溢れる山々が連なっていた。


でもなんだか…


見覚えのある場所。




「あ」

思わず声が飛び出して。

「気がついた?」


入口にかかれた霊園の名前。

「今日栄口のお母さんの命日なんでしょ?」
「なんで…」
「昨日練習の時元気なかったから…どうしたのかなって思って電話でおうちの人に聞いた。余計なことだったらごめん」
「…………いや…」

なんて答えたらいいのかわからなかった。

今日は母の命日だった。毎年この時期になると大好きだった母が亡くなった日のことや、お葬式のことを嫌でも思い出してしまう。
記憶が薄まって忘れてしまうほどあの時の自分は幼くなかった。むしろ鮮明に脳裏に焼き付いた記憶が今でも生々しく残っている。
だからといって自分の悲しみを大切な人にまで押しつけたくなかった。
なかなかできないデートならなおのこと。水谷の好きなこと、したいことに時間を費やしたいと思った。だからその日が母の命日であることは黙っていた。

「……あれ?」
気がついた時目から大粒の涙が零れ出ていた。
「栄口……」
ギュッと水谷に抱き締められる。
「栄口、俺の前では我慢しないでいいんだよ。辛い時に無理に笑わなくていいんだよ。」
「…っ……う…ん…」
「俺、栄口はもっと自分に対してわがままになっていいと思うんだ。栄口って皆に優しすぎて自分を殺しちゃう癖…あるだろ?そんな栄口を見てるのは…ちょっと悲しい。」
「みずっ…たに…」
「俺、栄口が好きなんだ。栄口の全てを受け入れたいと思ってるんだよ。わかるでしょ?」
「…う…ん…」
水谷は優しく俺の頭を撫でて涙を舐めとってくれた。
「それじゃあ栄口のお母さんに…会いに行こうか」

俺は返事をするかわりに水谷の手を強く握り返したのだった。





母さん。
今日母さんのお墓に添えたお花、綺麗でしょ?
水谷が買ってきてくれたんだ。今年は本当は来ないつもりだった。ごめんね、母さん。水谷がここまで連れて来てくれたんだよ。
さっき水谷にありがとうって言ったんだ。そしたらなんて言ったと思う?

俺が栄口のお母さんに会いたかっただけなんだってさ。


お母さん



彼が…俺の愛している人です。



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